凪のあすからは16話が至高だよね!
昨日は凪のあすから24話の放送日。凪あすが最終回へと向かって盛り上がっているとこなんだけど、一旦立ち止まってここまでの凪あすで最高の場面を振り返ってみようと思う。
いきなり結論から入ろう。
それは言うまでもなく16話のみうなとさゆが喧嘩をするシーンだ。この場面に物語の魅力がぎゅーっと凝縮されていると言っても過言ではない。
果たして見逃している方も多いだろうからどんな話か振り返ってみよう。
光の制服がないため、あかりに二人で街に出て、
新しい制服を買いにいってきてーと言われる二人。
遅れてくる二人に対して、
「なんで呼び出された方が先に来てるかなぁ」と言ってしまうさゆ
悪気はないけれどちょっとむすっとしてしまうのには、
実は15話の時点で伏線が貼られている。
生きているのかどうかもわからない状態から5年ぶりに8歳の時に好きだった初恋のひかりが帰ってきた。みうなが浮かれてしまうのも無理ない。すでにさゆのことを考える余裕のないみうなの発言に、嫉妬にもやっかみにも似た発言をしてしまうさゆ。
きっと、さゆだったら要がもどってきても「夢見たいでわからない」なんて言わないと思う。わからないっていう思考停止じゃなくて何かしら行動すると思う。
こんな細かいすれ違いを描いているのが丁寧だなぁ。
キャラクターをちゃんと愛して描こうとしてるんだなぁ、と思う。
そして盛り上がる二人に対して…
この表情。
要が帰ってくるかわかんないもんね。仕方ないよね。もうすぐあいつ裸で帰ってくるけどね。
街でもいちゃついているところを見せつけられるさゆ。
「ねぇ、用事あるんだよね」
制服の仕立て屋でぼそっと言ってしまう。
「私…なんでこんなところにいるんだろう」
壁に向かって一人ぽつりと。これはつらい。
友人は楽しそうなのに、自分の価値を感じられない時間。
理想と現実の立場のギャップを埋められず、
どうしようもない感情が溜まって溜まって発露してしまう。
ここからが見せ場だ。
「お店の人困ってなかった?」
「知ってる?叔父と姪は結婚できないんだって」
「良かったね、って言ってくれたよねさゆ!なのにどうして!」
溢れ出る感情。
「二人で良かったじゃん!」
もう止まらない。
「自分は良いよね…好きな人…目覚めて」
「ずるいよ!私今日いったい何しに来たの?!」
この思いが溢れ出る瞬間が最高の見せ場だと思う。
視聴者に取ってこれまでの過程で共感が大きければ多いほど、この瞬間は自然に移るし、自分を投影させられればカタルシスのある瞬間でもある。
凪あすはドロドロしてるって言われることが多いんだけど、
自分の思いをまっすぐぶつけるからさゆは終始さわやかなんだよね。
最終話以前の25話までで、相手に伝わるようにまっすぐ気持ちを語れてるのってさゆと要だけ。紡は意味不明なポエム語りだすし、ちさきは周りのことを気にしすぎて自分の気持ちに正直になれない。光はまなかのことを好きすぎて空回ってる。まなかは論外で光の言葉も受け止められず逃げるし、憧れの紡に逃避してる。二人だけがちゃんとフラれる覚悟を持った恋愛の土俵にたっているから二人が幸せになる権利があるんだ。25話の時点では。
泣きながらサヤマートに送られるさゆ(かわいい)
さっきまで泣いてたのに、今度は友達の無事を泣いて喜べるさゆ(かわいい)
そもそも一言で言ってしまうと、凪あすは少年期・青年期の恋愛がメインのストーリーで、別に時間が経って人が成長するとか、何かに勝利するとか、そういう話ではない。キャラクターの思いの交差、コミュニケーションを書いている。
その少年期・青年期のグルグルして分けわかんなくなった感情を一番美しく描いているのが16話だという訳だ。恋愛の場面だと感情的にならずに自分がやりたいように動かないからドロドロしてるんだけど、さゆとみうなの様な同性の、しかも女性の喧嘩がわかりやすく書かれている。
そのために、感情移入できるように繊細に描かれているから、キャラクターが生き生きと動いているように感じる名場面だった。